賢者の言葉 – 言葉は精となる

PhilosophyHardboiled, ドナルド・トランプ, 人生縁起, 太公望呂尚, 孫子

やり方一つで上手くも運び、また駄目にもなるという話

どこかの地域のように、俺がこんなに上手くいかないのはあいつのせいだ~(俺のような上手くいかないやつがいたっていいじゃないか。だからお前も上手くいかなくなれ:無意識の嫉妬とでも言おうか)という小人たちは論外で、他人に迷惑がかからず、ダメージが少なく、なおかつ効率の良い目的達成の道筋をだれしも思量し、それが明らかならそれに従う。

目標を達成できたら、それは区切りカウントが一つ生じたということである。すぐに次の目標が芽生えるのだから、小人を相手にする暇などないのだ。 「そんなことをしている暇があったら、ほかにもっとやることがあるだろう?」という内なる声が、時間を喪失するおそれが、生じることは、火を見るより明らかなのだ。

 

もしも自分が総理大臣だったら〜。 そんな妄想とて国の、というか社会全体のくらいニュースが続く中では健全である。 一人の英傑の即断のみによって物事・世の中が動くわけではないが、過去の経験から、一定の普遍性、応用可能な法則性を見出し、言葉に要約した人類の叡智によれば、いまよりもっとましな展開が見えてくるというものだ。 深い含蓄をたたえたことばががんばるあなたを励ましてくれる、そんなことを望んで、いくつかまとめてみた。

 

 

 

『孫子』


Wikipedia掲載画像

出版紀元前500年ごろ。春秋時代の孫武の作とされる兵法書。武経七書の一つ。

兵は詭道なり。戦争とは敵の意表を突くことに始まり、利益の追求を動因として、分散と統合を繰り返しつつ、絶えず変化を遂げる。利益得失をはかりにかけて打算したうえで行動する。相手に先んじて遠い道のりを近道に変えるはかりごとわきまええている者は、勝つ。これが戦争の原理である。

 

戦争には拙くとも早く切り上げるということはあっても、巧くて長引くという例は見たことがない。 戦争が長引いて一国に利益があった試しはない。 だから戦争による損失を熟知しない者は、戦争のもたらす利益についても知悉することはない。

結果的に長期戦となった太平洋戦争。 それにしても、陰謀により戦火に引きずり込まれたにしても、日本側の戦後処理はまずすぎる。

 

決死の覚悟に凝り固まっている者は殺され、生き延びることだけを思っている者は捕虜にされ、気短で怒りっぽい者は侮られて罠に陥り、潔白な者は辱めの手にのり、民を憐れむものはその情にみだされる。

我が国の防衛体制、特亜三国に対する外交を見るに、主体性がない。骨抜き状態で協調とか友好とか言ってみたり金をばらいたりしても、頼りない。 ほんとうに日本は独立国なのか?と疑問符を突きつけられるのも情けないものである。 遠慮なのかなんなのか、「遺憾の意」がなんだというのだ?? 刹那的な満足に終止するのが目的なのか? 将来こうしようという意志・戦略を提示する気概が感じられない。

戦争は利害調整の最終カードにすぎないが、いわば「戦争取扱説明書」としてすでに高い水準の叡智が存在しているではないか! そのまま現代に応用できる部分はたくさんある。 もっと有利にことを運べるのに、むざむざチャンスを雲散霧消させるのは、わざとなのか? そうだとしたらそんなもの、冗談じゃない、と思う。

 

 

目次は、第一 計篇、第ニ 作戦篇、第三 謀攻篇、第四 形篇、第五 勢篇、第六 虚実篇、第七 軍争篇、第八 九変篇、第九 行軍篇、第十 地形篇、第十一 九地篇、第十二 火攻篇、第十三 用間篇、という、何層もの深い計算を反映する構成になっている。

他の諸侯を屈服させるためには、彼らが損害を受けるようなことを仕向け、諸侯をあくせく働かせるためには、彼らがとびつくに違いない事業をすすめ、諸侯を奔走させるためには、彼らに利益を食らわせて釣る。 戦争の原則は、敵のやってこないことを頼りにするのではなく、こちらに備えがあることを頼りにする。敵の攻撃しないことを頼りにするのではなく、こちらの攻撃されることのない態勢を頼りにするのである。

 

 

 

 

『呉子』

呉子

春秋戦国時代に著されたとされる軍師呉起を主人公とした物語調兵法書。著者不明。現存『呉子』は六篇だが、『漢書』「芸文志」には「呉子四十八篇」とある。

むかし、諸侯の一人であった承桑しょうそう氏は、徳を重んじて武備を廃したため、国を滅ぼした。反対に有扈ゆうこ氏は兵力の数をたのみとして、武勇を好んだため国家を失う結果となった。

聡明な君主は、これらの教訓に学び、内には文徳をおさめ、外には武備を整えるものである。 敵が攻めて来ても、戦争は正義に非ずとして、進もうとしないのは、義とはいえないし、戦死者の屍を見て悲しんでいるだけでは、仁とはいえない。

 

良き指揮官は、穴の空いた船に乗り、燃えている家の中で寝ているように、必死の心構えでいるものだ。

 

優柔不断を避けるべきであり、全軍のわざわいは懐疑と逡巡から生まれる。

 

 

地球 ー その名の通り土の球。 どの国の軍隊も一斉にすべての武器を放棄処分してくれれば、平和のために一番いいと思う。 それはしかし、例えば全宇宙にいる異星人すべてが、外敵からの侵入に対抗する手段を捨てるというのと同じく、可能性はほとんどない。 心を変えることは体質改善であり、克己であり、嘘が意味をなさない、つらい、しかし真の勝利者となる道のりである。

そういう意味では、地球はいわば宇宙の雛形である。惑星間で互いの文明に干渉がないのと同様に、地球においては地域ごとに相互非干渉・独立を保障しつつに運営するのが最も妥当と考える。

さらに人間同士では、人の心が悪意を保持し続ける限り、敵を想定する必要性はなくならない。歴史はずっとそうだった。

互いが心の深部を疑い探り合い、裏の裏の事態を想定し争っている間は、闘争状態は止むことはない。

心理学を駆使した声音や挙動分析、さらには想念を直接察知するテレパシー Telepathy を駆使するように人類がなれば、他人に自分の要求を強要することができなくなり、かつ他人に自分の要求を強要する必要がなくなり、上のような生存前提は必要とされなくなると私は考える。

本心とは違う事を口からしゃべり相手を錯誤に陥らせる危険の存在が、相互不信・争いの元凶であるから、テレパシーの遣い手かつ、心理学の専門家の養成を国家戦略として、着手してもいい。 裏切りも生きるための選択肢の一つにすぎないような過酷な境遇にある人々であろうが、どんな敵にも、こちらからの「誠意」を貫徹し絶対基準とさせる抜本的解決は、これしかないと思う。

国家の基本規定である憲法の、武装放棄の憲法9条は、そもそも、その理念でもってまず全世界を納得させる義務を含む。その理念をもってまず全世界を感服させてこそ主張が成り立つ。 しかし、今の日本のだれもそんなことを達成できないし、しようともしない。 今の地球には現実的ではない事は、明白だ。

日本だけが、気を遣わなければならない理由はどこにもなく、日本だけが、損をしなければならない理由もどこにも存在しない。 主体性がないと振り回されてむしり取られるだけなのは、中学生も国家も同じ。

 

 

 

 

六韜りくとう

太公望呂尚

六韜の主人公太公望呂尚は、今を去ること約3100年前、紀元前11世紀ごろの周の軍師。後に斉の始祖となった。歴史上重要かつ非常な長寿の人物であるにも拘らず出自と経歴については資料がなく、伝説に包まれた存在。

横山光輝の『殷周伝説』では出自不明・崑崙山脈で40年間修行ののち70歳を超えて歴史に登場する。宮城谷昌光の『太公望』では紂王に奴隷狩りで殲滅された遊牧民族の末裔で、600年前の伊尹いいんのように、あるいはそれ以上に、奔走しつつ謀略をめぐらせ、人望を集め、30代で武王と邂逅する。

とは、天下を治める時、天下の材を自分の物と考えず能ある者にも分け与えること。

とは、人によって分け隔てせず、憂え・楽しみ・好み・憎しみは身分の上下に係わらず同じとすること。

人間は誰しも死を悲しみ生を楽しむ。徳を積めば人々は感謝の気持ちでしてくる。これは国の利であり、である。

とは、身を飾るものではない。人の命を大切にし、人の難を解いてやり、人の憂いを救うことを実行すれば、自ずから身につくもの。

天下は一人の天下ではない。天下の天下である。天下の利を分かち合えば天下は保ち、天下の利を独り占めにすれば天下を失う。仁義道徳を基本とすれば、天下に望めよう。

渭水での文王との邂逅

渭水での文王との邂逅の際の語り。 Wikipedia掲載画像。

 

公平潔白でなく、人を愛さないような官史は官史ではない。 ~中略~ 怒るべき時に怒らなかったらたちまち奸臣が蔓延はびこる。殺すべきなのに殺さなかったら、大逆賊が出る。同様に、兵を出すべき時に軍事行動を起こさなかったら、敵国が強くなるのはことわりである。

 

戦いに巧みな将は、戦陣を布かない前に、その智謀で敵を制圧している。よく国難を取り除く将軍は、まだ事が生じない前に処理してしまう。善く敵に勝つものは、相手から攻撃される前に勝つ。

『孫子』にも同様の教えがある。

 

秘策も、用兵作策、一口に言葉で説明できるものではない。用兵策も事態の進展に従って変化すべきで、決まった型があるのではない。速やかに事を運び、間髪を入れないのが肝要である。臨機応変に敵から制せられないのが戦いの根本である。

 

そして、とうとう大帝国殷を滅ぼしてしまう。 それほどの男、今の世に生まれ出でたならば、なにをかなさんとするだろう。

 

 

 

 

 

Rumi

Rumi

くよくよするなかれ。なんであれ失ったすべては別の形で還ってくる。
Don’t grieve. Anything you lose comes round in another form.

 

 

 

 

孟嘗君

孟嘗君

戦国時代の公族・政治家。戦国四君の一人。

家臣達の困窮を尻目に父上はこれ以上財産を蓄えてそれを一体誰に残されるおつもりですか? なんと呼んでよいかわからぬ玄孫やしゃごの孫にでしょうか?

それに蓄財に励んでおられますゆえ国の政道が日一日と歪んでゆきますのにお気づきにならない…

私にはそれが不思議に思えてならないのです。

直系四親等卑属:玄孫の孫は、直系六親等卑属:昆孫こんそん

参照:Wikipedia

いまできることがあるのに、それをないがしろにして、蓄財という観念の世界に閉じこもることを戒めている。

 

 

 

 

ドナルド・トランプ Donald J. Trump

ドナルド・トランプ

言わずと知れた合衆国の不動産王かつ第45代大統領。不動産会社トランプ・オーガナイゼーションの会長兼社長。カジノ・ホテル運営会社トランプ・エンターテイメント・リゾーツの設立者

1946年6月14日ニューヨーク生まれ。ペンシルベニア大学卒業。身長191cm (6 ft 3 in)。宗教は長老派教会。 父親からの流れで実業界へ足を踏み入れ、1980年代に不動産投資で成功。1986年の著書『トランプ自伝』がベストセラーとなる。

 

昼食は、時間がもったいないから摂らない、といった生活の側面から、マンハッタン5番街での68階建トランプタワー建設時の税の軽減措置獲得に至る顛末やら、拮抗する条件のもと妥当な案を実現する取引思想まで、氏の仕事に対する情熱や怜悧さ、謙虚の心といった人柄が随所に滲み出ている著書となっている。 これはご一読をお薦めする。

この著作の頃ののち苦境を経験するも、ロスチャイルド等の支援で持ち直したという。 それにしても2度の離婚というのも、泥仕合がたくさんあったろうし、おぞましい大変な話だと思う。

2017年1月20日(日本時間21日)の就任宣誓式を経て、正式にアメリカ合衆国大統領に就任した。選挙戦では金銭的支援は誰からも受けなかったようだ。 氏にとっては当たり前だろうけれども、このことは革新的なことである。 なぜなら普通の人にはそれが無理で、当選の暁には優先順位は融資人のいいなりが最優先で、公約は後手であり、そんなことは有権者もわかっているのだから裏切りにはならないとでも考えるのがオチだから。 大統領就任時70歳は史上最高齢。また、軍人経験のない人物の大統領就任も史上初。

以下いろんなところから収集した名言。

私は困難にチャレンジすることを愛している。

心配するのは時間の無駄だ。

どんな事業も、楽になれると思うな。勢いは、努力して保て。

 

成功者は困難にあっても、それを自分にとって次のステージへのチャンスと捉える。

最後までやり遂げるのには勇気がいる。

途中で投げ出すことははるかに容易だからだ。

 

やってみればいいではないか。失うものが何かあるのか?

 

品質と誠実さを基盤にビジネスを築くと、黙っていても売れるようになる。

たとえば、SEOというランキング対策なるものはしょせん目安にすぎないんじゃないの? 重箱の隅をつつくのに夢中になり過ぎて、本来の仕事に気付かないまま時が過ぎ、重箱突きが当たり前になった人は無能である。

 

自立した人が増えれば増えるほど、国全体が強くなる。

 

最高の仕事をする人々は、自発的で、生来の好奇心があり、次は何をしろと教えられる必要のない人々である。そういう人になれるよう努力しよう。

 

人生は些事ではない。だから、これほど大切なものに自分を出し惜しみしてはいけない。

 

大きく考えるためのカギは、あることに没頭することだ、抑制の効く神経症といってもいい。

 

最悪を予想して、最高を手に入れる。

 

こちらが必死になると相手はそれを察知する。そうなるとこちらの負けだ。一番望ましいのは優位に立って取引することだ。この優位性を私はレバレッジと呼ぶ。レバレッジとは相手が望むものを持つことだ。

 

成功した人間に対しては嫉妬や妬みがつきまとうのだ。他人の成功を邪魔することに達成感を感じる連中が世間にはいる。こうした人々を、私は人生の敗者と呼ぶ。本当に能力があるのなら私と戦ったりせず、もっと建設的なことをしているはずだからだ。

 

私は自分を偽らない。数々の取引は、結局のところどんな意味をもつのかと問われると、返事に窮する。ただそれをやっているあいだ楽しかったと答えるしかない。

 

わたしは有名人に対して特別扱いをしなかった。他のデベロッパーは有名人やスターを引き付けるために値引きするが、これは弱さの証明だと思っている。有名人が全額払ってでも購入したいと思うようでなければ成功とは言えない。

 

時にはいったん負けることによって、勝つための新たな戦術が見えてくることがある。その時必要なのは、充分な時間とちょっぴりのツキである。

 

アメリカ以外は糞みたいな国しかない。(おまけ)

物量に関しての言及はさておくとしても、真に自立する気概がなければ国とは呼べない、とわたしは読む。

 

 

 

 

ゴルゴ13

ゴルゴ13

気づかなかった事を悔やむ必要はない。運がなかっただけだ。

 

10%の才能、20%の努力、30%の臆病さ、残る40%は、運だろうな。

ちょっともじって 1%の才能、22%の努力、33%の臆病さ、44%の運 としてみる。

ところで、1%の霊感〜といえばエジソンだが、職場の同僚だった発明王ニコラ・テスラは「エジソンは力ずくで発明している。エジソンの天才は1%の才能と99%の徒労である。」と嘲笑していた。 才能は1%でも99%の「やるのは自分・受験生」という含みから、残念な受験教師たちのキャッチフレーズとして引き合いに出されることがあるエジソンの1%である。 ふん。。。やりすぎて0%になってしまったというのが彼らの本当の姿じゃないの?と思う。 こんな人たちが社会の重要なポストを占めるようになるということは、取りも直さず社会が衰退するということである。

 

 

 

長渕剛

今何をしていようと、それに夢中になればチャンスはいくらでもある。

 

フランスの諺

Petit a petit l’oiseau fait son nid. 毎日の小さな努力を重ねていけば大きな結果になる。

C’est en forgeant qu’on devient forgeron.  何でも #練習 すればするほど上手になる。

 

秋元康

絶対に無理と思われることに挑戦することが一番面白い。

 

 

蒯通かいとうの直言

蒯通

主を震わしたるもの身危うく、功天下を蓋う者、賞されず。

秦の始皇帝崩御(紀元前210年9月10日)ののち、二世皇帝胡亥こがいは宦官趙高ちょうこうに誅殺され天下多いに乱れた時代にあって、項羽と劉邦ともう一人、大将軍韓信かんしんの存在が際立つ。

 

劉邦は無名の韓信を大将軍に抜擢し、結果連戦連勝の名将となった韓信を斉国の王にまで命じたが、余りに韓信の戦功が大き過ぎ、野心を持たれて項羽以上の厄介な存在となることを劉邦は恐れるようになる。

一方、項羽は韓信によって20万の軍勢を一瞬で失ったショックを経、懐柔するため韓信に歩み寄りの姿勢を示す。項羽の気性から、それはもちろん韓信に心を許したわけというわけではない。

韓信は、もう誰の下にもつけない状況に知らず知らずのうちに追い込まれていたのだった。誰がそうしたのでもない。状況がそのように変化した。 成功したらしたで次から次とあらたな局面がうまれ、それらを解決せねば前に進めなくなる。 既知のものとは違う悩み・孤独。 No.1とはそういうものかもしれない。

「あなたが天下を取るのです。」「身動きならぬ立場にお気づきにならぬのですか?」 当時名の知れた説客ぜいかくであった蒯通は韓信に進言した。

一大転機である。世界史にとっても一大転機である。

しかし蒯通の必死の説得も虚しく、漢王を裏切れぬと言って、その話に韓信はのらず、断ってしまう。

猛虎も躊躇ためらっていれば蜂が刺すほどのこともできず、麒麟きりんも足踏みしていれば駄馬ののろさにも劣る。

功は成り難くして破れ易し。

時機ときは得難くして失い易し。

真の知とは決断すること。

天が与うるを取らざればそのとがを受け、時至って行わざれば反ってそのわざわいを受く。

蒯通の忠告が後に現実と化す悪夢の中に韓信は落ちてゆく。 ほどなくして韓信は漢王から謀反の嫌疑をかけられ、不遇の辛酸を舐め、それが原因で本当に謀反を企てるも露見し、処刑される。

 

 

少々脱線するが、もしも韓信が蒯通の言葉を容れて項羽と和議を結んでいたら、その後の展開はやはり蒯通の言った通りとなり、項羽も劉邦も歴史の表舞台から姿を消していたかもしれない。このことと、マリア・アンナ・モーツァルト(Maria Anna Walburga Ignatia Mozart)と弟アマデウスの関係が、似ている。

父レオポルトは女だからという理由でナンネル(マリア・アンナ・モーツァルト)に作曲技法を学ばせなかったらしい。もしそんな偏見なしにナンネルも技術を学ぶ機会が公平に与えられていたら、兄弟揃って、というよりむしろナンネルの方が、韓信の軍功の如く、より偉大な仕事を残したかも、などと思いをはせる。というのも、才能開花の可能性、これこそ信ずべきものだからだ。

(↓ 時代の波に消えてゆかざるを得ないナンネルの無念)

 

 

 

ここまでいったら、もうやるしかない、という人・時が、滅多なことではないが、確かにある。古人はそれを、天地人に共通して、物体をも大気のように透過する流体のようなエネルギーの流れ(氣)として描き、観念化しようとしたのであろう。 戦さの天才がこんな生涯の幕引きをする、巡り合わせの不可思議さが身に詰まる。

 

 

 

 

エピクテトス

一般的な概念を個々の事例に当てはめることができないということが、人間にとってあらゆる害悪の原因である。

こういうことについて、なぜかと考えるとき、それは大衆の知能が低いというようなことではなく、誰も皆疲れているからだ、と芥川龍之介は言った。 人が疲れていることがあらゆる害悪の原因ならば、その原因を取り除き・・・それは言うほど簡単ではない。

 

 

 

 


ゲーム理論 Game Theory

ゲーム理論

複数の人間による合理的な意思決定の方法考察法。将来の起こり得る状態は予想できても、発生確率が不明である場合の意思決定の判断基準として使える。 利得が最大の場合、利得が最小の場合、損失が最大の場合、損失が最小の場合が事象の裏に隠れている。思想によって以下の選択肢が検証され戦略方針が決まる。 個人の経験・信条とは別に、判断の科学的分類が存在する。

  • 混合戦略
    利得を最大化しようとするために、各選択肢をある比率に固定して選ぶ戦略。ジャンケンでいえばグー・チョキ・パーを組み合わせて使うということ。
  • 純粋戦略
    ある一つの選択肢を確定的に選ぶ戦略。ジャンケンでいえばグー・チョキ・パーのいずれかを出し続ける。絶対優位・絶対劣位の状況でとられる戦略。
  • ミニマックス原理
    利得表の最大値を求め、さらにその中の最小値を選択する。最大の損失を最小にする考え。
  • マクシマックス原理
    各戦略を選択した場合に得られる最大利得が最も大きくなる戦略を選ぶ楽観的な考え方。
  • マクシミン原理
    各戦略を選択した場合に得られる最小利得が最も大きくなる戦略を選ぶ保守的な考え方。

 

 

 

 


実であり虚  虚であり実

宮本武蔵

宮本武蔵

死ぬ覚悟はあるが、簡単に命を捨てる気はない。

実践の鬼の言葉。 因みに「武士道」とは、実践を知らず生涯を終えた下級藩士が犬死を賛美した時代錯誤・妄想の産物であり、『五輪書』とは対局にあるハリボテ・フェイク。 新渡戸稲造しかり、映画しかり、「葉隠」を賛美する者は多い。

 

 

 

 

釈迦

釈迦

よく解かれた言葉は、それを理解して心に留めれば、精となる。

人は自分には財がある子があるといって悩む。しかしすでに自分が自分のものではない。ましてどうして財が自分のものであろうか? ましてどうして子が自分のものであろうか?

 

 

 

 

 

・前に進む人へ勇気をくれる動画を。

 


青汁畑