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ITとピアノとクラシック音楽と読書を愛しています。

人生という言葉は定義もなしに口から出すには軽すぎる。

幾度か転職した中で、内と外の遠因に翻弄されるも、そろそろ呪縛も消滅しつつある今日このごろ。

 

子供は一度は親の背中を複写するものだ。

それが馬鹿の背中でも。

こいつの下にいては絶対に将来はひらけない、というような馬鹿と、血縁という理由だけで一つ屋根の下にいなければならない理不尽。時間の無駄。

その馬鹿が言う、嫌なら出て行け、という矛盾。

放蕩。計画性のない情愛。

学校は、命をかけてまで行くところではない。

家庭は、命をかけてまでいなければならないところなのか?

 


お家で好きなことをしていたい、というのが本音であることは認めよう。

とじこもりを愛好しているわけじゃなくて、就業というものは、かならず最後は滅茶苦茶になって終わるものだからだ。

さてさて、みんなそれぞれ、一生懸命やっているのに、どうしてこんなことになるんだろう。

そんな場面を、もうたくさんというほど見てきた。

そのような「意外な展開」「想定外」が、日常茶飯事というのだから、いったいこの世はどうしろっていうのだろう?

神様ってのはいったいなにをかんがえているのか(存在しないかもしれない)。

意外は意外ではなく、想定外は想定外ではない。

 

いずれにせよ、とにかく、自分自身は心に決めたやるべきことを淡々とやる。

 

檜

平和と安寧を享受しているならば個人は国家の発展に尽くすべきという考え方と、自分という生命を捨ててまで尽くすに値する国家など地球上に存在しないという考え方とでは、後者を支持せざるを得ない。その際心にあるのは、日本国への我が全身全霊を賭さしめるほどの恩義ではないからである。ことに最近は、エリート高官・政府が、いかに民のことに想いを馳せていないかを如実に示す事例・法案が多すぎる。 種子法廃止、年金の事実上破綻宣言、森林法改悪、水道法改悪・・・

年金を払わないくせに、なぜ外国へ援助を提供するのだ?

なぜ在日外国人に金をくれてやるのだ?

なぜ戦闘機を買うのだ?

国際社会への貢献は、足元が固まってからの話だ!

安倍政権が酷いとはいえ、しかしながらこれでも一番マシな総理大臣ではないか?という体たらく。 放射能被害拡大に加担したのは、菅直人である。同類な話が、これでもかというくらい、湧いてくるであろう。 阿倍氏が辞めた時点で、いやすでに、ほんとうに私は、日本はもうダメかもしれないと思っている。

身を呈して反日集団と闘う方々には敬意を評したい。しかし同じことを私はできない。日本という言葉の中に、散々私のことをこきおろしてくれた者たちの顔も混じっていると思うからである。日本人は真面目で直情的で信義に篤く約束を守る、とはいえ、ピンからキリまでいるのである。不幸にして、私はキリの方を知りすぎた。

その者たちを私が許さない、というか、決定的ななにかが僕の中でもうとっくに切れている。そしてその切れた時に、国や行政が、あるいは誰かがなにかをしてくれたということはない。一方私がしたことは、自決せずに生き続けたことだった。故郷に僕の居場所なんか無い。そのような生い立ち。

 

それから、練りに練ったこのマスコットネームとドメイン名が食い違っているのは、たしかに修正案件であり、おかしいと思ってはいる。そしてもうすこしほりさげた記事の中身を書かねばなるまい。到底英語圏の充実さには及ぶべくもないがおよばずとも。・・・大東亜戦争の物量の勝負のようにか?

 

しかしながら、そんなことよりなによりわたしは、絶望のどん底から這い上がった太公望呂尚のように、足元の小石に希望の光をみつけるっ。闇の中に光をみつける努力を続けるっ!

 

 


 

Posted by Qawai