学校は命をかけてまで行く所ではありません – 学業という目的に支障をきたす場合

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岐阜市議会 – 一般質問 – 9/12

早川三根夫教育長

「学校は命をかけてまで行く所ではありません」

「今あなたが悩んでいる班とか学級とか部活は、狭い世界です」

「苦しいのに我慢して学校へ行くことはありません」

「苦しんでいる子どもたちに伝えたい」

生徒の死後、各学校がいじめ防止の方針を見直し、ガイドラインを校内の目につきやすい所に掲示して守っていくと。

 

転校や図書館など、別の「学びの場」があることも紹介した。

← それをおっしゃるのなら、インターネットや各種資格取得も含めていただきたい。

子供を大人が潰す気でなければ、若いのだし、チャンスはある。

職能技能を取得し習熟する、という観点が大事です。

できるかできないか、で評価が分かれるというのなら、できる人間になろうではないか。

 

 

 


このような真実に至るまでに、いったいどれだけの犠牲者を、日本社会は屠ってきたのか?

教育長の発言としては無責任という意見があるが、私はそうは思わない。

教育長の発言としては無責任という批判は当然予想されるが、それでもなお、自己の立場の弁明よりも釈明しなければならない抜き差しならぬ事態があり、その深刻な事実、つまり次から次へと苦痛の末に命を落とす者が後を絶たない事態の解決を、何より優先させなければならない、そう判断されたということだ。

教育長の勇気に敬意を表したい。

 

今まで、通常、事件の真実をうやむやに、そのような事実はありません、今まで通り学校へはきてくださいそれが義務(憲法:大人が子供に教育を受けさせる義務)です、としか大人たちが言わないものだから、つまり信じられない、という結論に至る。

たとえこの事件のように、転落死し、自宅からいじめを示唆するメモが見つかり、暴力や金銭要求があり、同級生らにの「心配です」というSOSがあっても、である。

 

取り繕って、とりあえずそれで済ます。

日本社会の、頭の悪いところだ。

それで済まない問題が、学校の時代への不適合であり、外交交渉である。

問題がこじれて大きくなってもなかなか動かない。

もし今民主党だったら、あの連中が取り仕切っていたら、徴用工に関してコリア様にまた譲歩しただろう。

性奴隷に関して、存在しない悪行に、日本は頭を下げた。

これで奴らは味をしめたのだ。

コリアをゾンビに仕立て上げたのは、日本のあいまいで以心伝心的な態度かもしれない。

 

 

 


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Posted by Qawai